@phdthesis{oai:glim-re.repo.nii.ac.jp:00005516, author = {豊永, 晋輔 and Toyonaga, Shinsuke}, month = {2022-09-15, 2022-09-15, 2022-09-15}, note = {序章 問題の所在 1 課題  本論文の課題は、生活妨害を理由に被害者が差止めを請求した裁判例において、差止めの効果の決定に当たり、受忍限度がどのように機能しているかを分析することにより、差止めの効果・内容、すなわち範囲・手段(以下「差止めの範囲・手段」という。)を決定する準則について考察することである。 2 課題を検討する意義  裁判例や学説によれば、差止めの範囲・手段として、加害者の行為の不作為に加えて、作為も認められており、作為の内容が多彩であることからすれば、金額の大小のみが問題となる不法行為に基づく損害賠償と比較して、多種多様な内容の差止めが認められている。また、差止めが認められる場合、多くの裁判例は加害者の活動の全部を差し止めず、一部のみを差し止めるに過ぎない(79件中74件)。したがって、差止めの範囲・手段をどのように決定するかを検討することは重要な意義がある。  しかし、このような差止めの効果の検討の重要性にもかかわらず、学説において差止めの効果の分析が進んでいるとはいいがたい。 3 受忍限度に注目して裁判例を分析する理由  学説の状況を前提として、多種多様な差止めの範囲・手段をどのように決定するかを検討するにあたり、本論文は、直截に裁判例における差止めの範囲・手段の決定に関する準則を検討対象とすることは行わない。その代わりに、受忍限度の「機能」に着目して裁判例を類型化することにより、裁判例における差止めの範囲・手段の決定に関する準則を検討する。本論文が、このような一見すると回り道をたどる理由は、以下のとおり、先行学説に照らすと、どのような判断過程によるか、すなわち、差止めの範囲・手段を決定する「方法」と、どのような判断の準則に従うか、すなわち、差止めの範囲・手段を決定する「基準」を分けて検討する必要があり、そのためには、差止裁判例における受忍限度の機能を検証することが重要であると考えるからである。  先行学説は、防音シェルターの設置のように具体的な差止めの範囲・手段を仮定したうえで、その具体的な範囲・手段による影響(例えば、景観の回復の程度や除却費用の程度)を違法性判定としての比較衡量の要素に含めることで、差止めの範囲・手段を決定する。したがって、差止めの範囲・手段は、1回の比較衡量で決まることになる。  しかしながら、多種多様な差止めの範囲・手段を決定する考え方として、このような考え方は必然ではない。ある裁判例は、日照阻害を理由とする差止めが問題となった事例で、申請人(被害者)の不利益が受忍限度を超えたという判断とは別に、改めて差止めの範囲の決定を行っており、1段階の比較衡量ではなく、違法性の判断と差止めの範囲・手段の決定の2段階に分けて判断している。  これらの考え方の相違を理解するには、差止めの範囲・手段の「決定方法」と「決定基準」に分けて検討する必要があると考える。すなわち、差止めの範囲・手段を決定するには、差止めの範囲・手段を決定するのが1段階だけなのか、そうでないのか(2段階になるのか)という2つの決定のアプローチがあり得る。このような差止めの範囲・手段の決定のアプローチを、「差止めの範囲・手段の決定方法」と呼びたい。そして、これとは別の次元で、比較衡量の判断要素としてどのようなものを取り込み、どのような重みづけで検討するかなど、差止めの範囲・手段の決定に直接関連する準則があり得る。これを以下、「差止めの範囲・手段の決定基準」と呼ぶ。  先行学説は、差止めの範囲・手段を決定するに当たり、差止めの具体的な手段を措定して広く加害者側と被害者側の事情を1回だけ比較衡量することにより、差止めの範囲・手段を決定する考え方であるといえる(以下「一元的アプローチ」と呼ぶ。)。そして、このような一元的アプローチは、差止めの範囲・手段の「決定基準」としては、論理必然的に、差止めの具体的な手段を含めて加害者側と被害者側の事情を比較衡量し、受忍限度を超えたか否かにより判断することになる。つまり、一元的アプローチでは、差止めの範囲・手段の決定方法と決定基準が「連動」している。  これに対して、違法性判定と差止めの範囲・手段の決定を2段階で行う考え方を「二元的アプローチ」と呼びたい。二元的アプローチによれば、差止めの範囲・手段の決定方法として、差止めの範囲・手段の決定方法と決定基準は連動せず、決定方法とは別に決定基準を必要とする。  そして、一元的アプローチは、違法性の判定を受忍限度判断として行うから、一元的アプローチが妥当であるとすれば、裁判例において、受忍限度判断が一回だけ行われ、違法性の判定と同時に差止めの範囲・手段が決定されていることになる。これに対して、二元的アプローチが妥当であれば、裁判例は、受忍限度による違法性判定の段階と、差止めの範囲・手段を決定する段階を別途行っていることになる。 4 構成  本論文の課題は、多種多様な差止めの範囲・手段をどのように判断するかについて、裁判例上、受忍限度がどのような機能を果たしているかを分析することにより、差止めの範囲・手段の決定方法を確定し、決定基準を考察する点にある。この課題を論じるため、以下の構成で検討を進める。第1章では、アメリカ法における差止めの範囲・手段を検討して、日本の裁判例の類型化の視角に関する示唆を得る。次に、第2章では、本論文の問題意識や、アメリカ法の分析から得た示唆に基づき、215件の差止請求の裁判例を対象として、受忍限度がどのように機能しているのかについて、類型化を行う。そして、第3章では、第2章の裁判例の類型化の結果に基づき、差止めの範囲・手段の決定方法、決定基準について、受忍限度が果たしている機能について分析する。次に、終章において、受忍限度の機能について結論付けるとともに、受忍限度の機能の分析に基づき、先行学説たる一元的アプローチについて検討した上で、差止めの範囲・手段の決定方法として二元的アプローチに立ちつつ、差止めの範囲・手段の決定基準について考察する。さらに、最後に、今後の課題について言及する。 第1章 アメリカの法からの示唆  第1章では、裁判例を類型化して、受忍限度の機能を分析する視角を得るため、アメリカ法における差止めに関連する議論を検討する。アメリカ法を参照する理由は、アメリカ法上、生活妨害nuisance(生活妨害)が成立するためには、substantial harm(実質的な侵害)及びunreasonable harm(不合理な侵害)という要件が必要であり、これらの要件は、社会共同生活において、一定の質・量の侵害は受忍しなければならないという点で、軽度の侵害について不法行為の成立を否定するものであるから、実質的に日本法の受忍限度と同様の機能を果たしていること、また、アメリカ法の差止めの議論は、日本と同様、裁判例を中心に形成されてきたものであること、アメリカ法でinjunction(差止め)が認められる場合、その内容は、被告による侵害なければ原告が保持していただろうplaintiff’s rightful position(原告の正当な地位)を回復するものでなければならないとされており、差止めの範囲・手段の決定基準として参考になることである。  アメリカ法の議論から、差止めの範囲・手段の決定方法・決定基準に関して、以下の示唆を得た。  まず、差止めの範囲・手段の決定の方法について、アメリカ法は、差止めの内容決定に当たり、nuisanceの成立という責任の成立の段階と、injunctionの内容を事案に合わせてtailor(決定・調製する)段階を別々の段階として検討していた。すなわち、アメリカ法は、liability(責任)の成否の判断とremedy(救済)の内容判断を区別し、nuisanceの成立の判断と、injunctionの内容決定の判断を別の過程で検討していた。  また、差止めの範囲・手段の決定の基準について、アメリカ法は、injunctionの内容を個別具体的な事案に即して具体化するに当たり、基本的な決定基準として、裁判所が採用するinjunctionの内容が、plaintiff’s rightful positionにrepair(修復する・回復する)するに足りるものであることを要請していた。また、アメリカ法は、ある差止めの手段をとった場合に、当該差止めの手段について、その手段を採用した場合に原告に与える利益・不利益と、被告に与える利益・不利益をbalancing(比較衡量)していた。 第2章 裁判例の類型化 1 対象裁判例  第2章では、生活妨害を理由として被害者が差止めを請求した裁判例215件の類型化を行う。  類型化の対象とした裁判例の事件類型は、①日照阻害事件、②騒音事件、③眺望・景観事件、④悪臭事件、⑤風害事件である。裁判例のうち、(1)公共性又は社会的有用性のある事件(公共性は、生活妨害の差止請求事件の要素では必ずしもないこと、認容事例が少ないことから除外した。)、(2)生命・身体被害が問題となる事件、(3)合意や信義則に基づく事件、(4)加害者の害意に基づく事件、(5)物権法が適用される相隣関係に関連する事件当は、本論文の検討課題に照らして、対象から除外した。 \n2 類型化の視角  類型化に当たり、本論文の問題意識と第1章のアメリカ法の分析に基づき、大きく2つの観点から分類した。1つは判決・決定の主文に着目した分類である。そこでは、全部差止め(加害者の活動の全部の停止を命じる差止め)、具体的一部差止め(加害者の活動の一部の停止を命じる差止めで、差止めの範囲・手段が具体的なもの)、抽象的一部差止め(被害者の活動の一部の停止を命じる差止めで、命じられる範囲・手段が「50デシベル未満にせよ」など、抽象的なもの)、差止め全部否定(差止請求を棄却又は却下したもの)の4つに分類する。この分類は、215件の裁判例を一定の群にわけて、差止めの範囲・手段の決定方法・決定基準を分析するための、いわば「補助線」とすることを目的としたものである。 <図:差止裁判例の判決・決定主文に基づく分類>   ①全部差止め                  ②具体的一部差止め    一部差止め            ③抽象的一部差止め   ④差止め全部否定           もう1つは、差止めの範囲・手段の決定方法・決定基準について、判決・決定に至る裁判例の判断過程に着目した分類である。これはさらに2つに分けられ、①差止めの範囲・手段の決定方法に関して、裁判例が、受忍限度を超えるか否かという判断と、差止めの範囲・手段の決定を区別しているかという点(この分類は、差止めの範囲・手段の決定方法について、一元的アプローチと二元的アプローチの分水嶺であり、アメリカ法が生活妨害(nuisance)と差止め(injunction)の判断で衡量(balancing)を含む成立要件の判断を別に行っていたことから示唆を受けた。)、及び②裁判例が差止めの範囲・手段を決定するに当たり、具体的な差止めの範囲・手段について被害者や加害者の利益・負担をシミュレートして衡量しているかという点(この分類は、差止めの範囲・手段の決定基準に関わる点であり、アメリカ法が差止めの内容を具体化する際に、加害者と被害者の事情をすべて含めて衡量するのではなく、具体的な差止めの範囲・手段による被害者や加害者への影響を衡量していたことから示唆を受けた。)である。 3 類型化の結果  類型化の結果は以下のとおりである。類型化に当たり、差止めの範囲・手段の決定方法として、違法性判定と差止めの範囲・手段の決定の判断過程を区別するものを「区別型」、区別しないものを「非区別型」と呼ぶこととした。また、具体的な差止めの範囲・手段の決定による被害者又は加害者への影響を仮定的に検討するものを「シミュレート型」、検討しないものを「非シミュレート型」と呼ぶこととした。 <表:全部差止めの裁判例の類型化> 違法性判定と区別するか。 被害者・加害者への影響を仮定的に検討するか。 区別型 非区別型 シミュレート型 非シミュレート型 日照 0 2 0 2 騒音・振動 0 2 0 2 眺望・景観 0 0 0 0 悪臭 0 1 0 1 風害 0 0 0 0 合計 0 5 0 5 \n<表:具体的一部差止めの裁判例の類型化> 違法性判定と区別するか。 被害者・加害者への影響を仮定的に検討するか。 区別型 非区別型 シミュレート型 非シミュレート型 日照 34 14 39 9 騒音・振動 2 2 2 2 眺望・景観 2 2 2 2 悪臭 0 0 0 0 風害 0 0 0 0 合計 38 18 43 13 \n<表:抽象的一部差止めの裁判例の類型化> 違法性判定と区別するか。 被害者・加害者への影響を仮定的に検討するか。 区別型 非区別型 シミュレート型 非シミュレート型 日照 0 0 0 0 騒音・振動 2 15 2 15 眺望・景観 0 0 0 0 悪臭 0 1 0 1 風害 0 0 0 0 合計 2 16 2 16 \n<表:差止め全部否定の裁判例の類型化> 違法性判定と区別するか。 被害者・加害者への影響を仮定的に検討するか。 区別型 非区別型 シミュレート型 非シミュレート型 日照 5 74 23 56 騒音・振動 1 43 3 41 眺望・景観 1 8 3 6 悪臭 0 3 0 3 風害 0 1 0 1 合計 7 129 29 107 \n 類型化の結果、裁判例の全体傾向として、第1に、(ア)差止めを肯定する場合(具体的一部差止め及び抽象的一部差止め)、受忍限度を超えたか否かの判断と、差止めの範囲・手段を決定する判断過程を2つの段階に区別し、また、(イ)そのように2段階となった判断過程の2段階目の差止めの範囲・手段を決定する際、差止めによる被害者や加害者への影響をシミュレートしていた。さらに、第2に、差止めを否定する場合(差止め全部否定)、多くの裁判例は、差止めの範囲・手段による被害者や加害者への影響を考慮せず、かつ、受忍限度を超えたか否かの判断と、差止めの範囲・手段を決定する判断を区別していなかった。 第3章 裁判例に見る受忍限度の機能の考察  第3章では、第2章で類型化した裁判例の全体傾向に基づき、受忍限度の機能を分析する。 1 具体的一部差止めの裁判例  具体的一部差止めの裁判例においては、全体傾向として、まず、受忍限度を超えるとの判断と、差止めの範囲・手段の決定の判断を区別していた(区別型)。また、そのように2段階に分かれた判断過程の前段(第1段階)において、受忍限度は、違法性を判定する機能を果たしていた。また、判断過程の後段において、受忍限度は、被害が受忍限度を超えた場合、裁判所が想定する差止めの範囲・手段について、被害者の被害の回復の程度と加害者の負担を比較衡量して決定される被害回復のターゲットとして機能していた(シミュレート型)。 2 抽象的一部差止めの裁判例  抽象的一部差止めを命じた裁判例を単独でみれば、差止めの範囲・手段の決定において判断過程を区別しておらず、被害者・加害者への影響をシミュレートもしておらず、受忍限度は違法性を判定する機能のみを果たしている。しかしながら、①抽象的一部差止めと具体的な差止めの両方を同時に命じた裁判例や、②具体的一部差止めの請求に対して、抽象的一部差止めを命じた裁判例を分析すると、抽象的一部差止めは、具体的一部差止めと同様に、受忍限度は、被害が受忍限度を超えた場合、裁判所が想定する差止めの範囲・手段について、被害者の被害の回復の程度と加害者の負担を比較衡量して決定される被害回復のターゲットとして機能しており、ただ、抽象的一部差止めの場合は、具体的な差止めの範囲・手段の選択を加害者に委ねているものと解される。 3 差止め全部否定の裁判例  差止め全部否定の裁判例においては、全体傾向として、差止めの範囲・手段の決定において判断過程を区別することなく、また、被害者又は加害者への影響を考慮することなく、被害が受忍限度を超えないことを理由としていた。すなわち、差止め全部否定の裁判例においては、受忍限度は、被害が一定の程度に及ばないことを理由として、差止めを否定する機能を果たしていた。 4全部差止めの裁判例  全部差止めの裁判例においては、差止めの範囲・手段が受忍限度を超えており、受忍限度は、差止めの範囲・手段が過剰である可能性を示すという消極的な機能のみを果たしていた。 5 裁判例における受忍限度の機能のまとめ  以上から、裁判例215件全体の傾向として、(ア)差止めを全部否定する場合には、被害者又は加害者への影響を考慮することなく、被害が受忍限度を超えないことを理由としており(全部差止め否定事例)、また、裁判所は、(イ)差止めを肯定する場合には、違法性の存否の判断と、差止めの範囲・手段の判断を区別し(具体的一部差止め及び抽象的一部差止め)、(ウ)想定する差止めの範囲・手段について、受忍限度までの被害の回復をターゲットとして、被害者の被害の回復の程度と加害者の負担を比較衡量しながら、差止めの範囲・手段を決定していた(具体的一部差止め及び抽象的一部差止め)。  これを受忍限度の機能という観点から言い換えると、差止めの範囲・手段の決定方法として、受忍限度による違法性判定と、差止めの範囲・手段の決定の判断過程を2段階に区別することを前提に、受忍限度は、第1の機能として、被害が違法となるか否かの基準となっており(その際、裁判所が想定する差止めの範囲・手段をとった場合の被害者や加害者への影響を考慮していなかった。)、また、第2の機能として、受忍限度は、被害が受忍限度を超えた場合、裁判所が想定する差止めの範囲・手段について、被害者の被害の回復の程度や加害者の負担を比較衡量して決定される被害回復のターゲットとなっていた 終章 先行学説の検討、本論文の結論、今後の課題 1 一元的アプローチの検討  まず、このような受忍限度の2つの機能に照らして、差止めの範囲・手段の決定方法・決定基準について、一元的アプローチの妥当性を評価すると、一元的アプローチは、差止めの範囲・手段の決定方法として、裁判例の全体傾向から支持されないこと、紛争解決の一回性の理念に反すること、加害行為を細分化する裁判実務を支持できないことなどから、妥当とは言えないと考える。また、差止めの範囲・手段の決定基準として衡量の要素が裁判例から支持されないこと、判例(最判平成6年3月24日集民172号99頁)と必ずしも相いれないことから、差止めの範囲・手段の決定基準としても支持できない。  したがって、一元的アプローチは、差止めの範囲・手段の決定方法としても、決定基準としても妥当とは言えない。 2 差止めの範囲・手段の決定方法に関する考察  そこで、差止めの範囲・手段の決定方法として、本論文は、以下の理由から、二元的なアプローチに立つ。すなわち、裁判例から帰納的に把握した受忍限度の2つの機能は、違法性の第1の機能は成立要件に、第2の機能は効果に位置づけられる。このように理解した受忍限度の2つの機能を対比すると、まず、第1の機能として、受忍限度は、被害が一般社会生活上の受忍限度を超えて違法であるか否かを判定する。そこでは、被害の程度など様々な事情を考慮して、被害が違法か否かというall or nothingの(二値的な)判断がなされ、過去に発生した事実に対して、回顧的に評価を行い、被害が一定のレベルを超えて、社会通念上、保護に値するか否かを判断している。  これに対して、一部差止めの効果・内容(範囲・手段)の決定における受忍限度は、被害が違法であることを前提として、受忍限度は、第2の機能として、差止めの範囲・手段の決定に当たり、被害者の被害の回復の程度や加害者の負担の程度を考慮しながら、被害者の被害の程度を受忍限度まで回復するターゲットの役割を果たしていた。そこでは、差止めを肯定した区別型・シミュレート型の裁判例でみたとおり、違法か否かという判定ではなく、受忍限度までの回復というターゲットに向けて、差止めの範囲・手段による影響をシミュレートすることにより、質的な手段及び量的な程度・範囲を決定し、未来予想的な仮想的、創造的な作業が行われる(以下の表参照)。 <表:受忍限度の2つの機能> 違法性判定 (第1の機能) 差止めの範囲・手段決定 (第2の機能) 請求権の判断構造における位置付け 成立要件 効果 受忍限度の機能 一般社会生活上認められる受忍限度を超えたかという違法性判定の基準となる。 受忍限度を被害回復のターゲットとして、差止めの範囲・手段を決定する。 考慮する要素 被害の内容・程度、加害者の行為態様、被害回避の措置の有無・実効性等 ある差止めの範囲・手段を採用した場合の、被害者の被害の回復の程度又は加害者の負担の程度 判断内容 違法であるか否か 二値的判断 差止めの範囲・手段 質的・量的判断 判断の方向性・視線 回顧的・後ろ向き レトロスペクティブ 未来予想的・前向き プロスペクティブ 性質 確定した事実に対する評価 仮想的、創造的 4 差止めの効果・内容の決定基準に関する考察  次に、差止めの効果・内容(範囲・手段)の決定基準について、裁判例を帰納的に分析して得た示唆は以下のとおりである。  (1)原則として、差止めの効果・内容は、被害が受忍限度まで回復する差止めの範囲・手段となる。そのような差止めの範囲・手段が複数存在する場合は、差止めの効果・内容は、加害者の負担が最小となるものとなる。これに対する例外は、過少差止め(差止めの範囲・手段が受忍限度に及ばない差止めをこのように呼ぶことにした。)であり、受忍限度まで被害が回復する差止めの範囲・手段について、加害者の負担が過剰である場合、当該差止めの範囲・手段は認められず、被害者の被害の程度と加害者の負担の程度を衡量して、被害が受忍限度を回復しない差止めの範囲・手段となる。  (2)原則の2つ目として、受忍限度を超える差止めは認められない。これに対する例外が過大差止め(受忍限度を超える内容の差止めを「過大差止め」と呼ぶこととした。)であり、①受忍限度を回復する差止めの範囲・手段の実効性が、裁判所や第三者にとって不明確であって、被告が実効的な被害回避の措置をとらないことが予想される場合、又は、②性質上、被害が受忍限度まで回復した状態を実現する差止めの範囲・手段がない場合、受忍限度を超える差止めが認められる。 4 今後の課題  最後に、今後の課題として、①未検討の対象領域(公共性又は社会的有益性のある事案、所有権等の物権や生命のような「権利」に基づくと考えられている事案)について検討すること、②差止めの効果を差止め法の目的との関係で検討すること、③被侵害利益により、差止めの効果として保護される内容が異なる可能性について検討すること、④不法行為に基づく損害賠償との関係(特に違法性段階説の当否)について検討すること、⑤差止めの効果の決定において規範的な要素を取り込むかについて検討することがある。, application/pdf}, school = {学習院大学, Gakushuin University}, title = {差止裁判例に見る受忍限度の2 つの機能 : 差止めの効果に関する覚書}, year = {}, yomi = {トヨナガ, シンスケ} }