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アイテム
近世朝廷の実務集団と国家・社会
http://hdl.handle.net/10959/0002003258
http://hdl.handle.net/10959/000200325839d4f734-f57a-4255-ae16-9e25c9a259f5
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| Item type | 学位論文 / Thesis or Dissertation(1) | |||||||||||
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| 公開日 | 2025-08-29 | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | 近世朝廷の実務集団と国家・社会 | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | キンセイ チョウテイ ノ ジツム シュウダン ト コッカ シャカイ | |||||||||||
| 言語 | ja-Kana | |||||||||||
| 言語 | ||||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_db06 | |||||||||||
| 資源タイプ | doctoral thesis | |||||||||||
| アクセス権 | ||||||||||||
| アクセス権 | open access | |||||||||||
| アクセス権URI | http://purl.org/coar/access_right/c_abf2 | |||||||||||
| 著者 |
細谷, 篤志
× 細谷, 篤志
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| 抄録 | ||||||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||||||
| 内容記述 | 本論文は、近世朝廷を実務面で支えた口向(くちむき)役人を取り上げ、その組織や役割、存在形態などについて、国家および社会との関係から検討するものである。より端的にいえば、口向役人が朝廷運営の基底部、かつ朝幕関係の枠組みを支えた基礎部分であり、また朝廷と外部社会(武家・寺社・町方・在方・被差別民など)との媒介項であったことを論証する。かかる考察を通じて、この役人集団の存在を前提に、日本近世の国家・社会において朝廷がいかに存立しえたか、明らかにすることを目指す。 これまで近世朝廷研究では、主として天皇や公家を軸に、朝廷独自の様相が丹念に明らかにされてきた。それに対して本論文は、現場・実務レベルから朝廷を見据え、かつ近世史の諸分野――幕藩政治史・宗教史・都市史・村落史・部落史・文書管理史など――との接合をも企図する。朝廷をことさらに特殊視せず、実務集団の存在形態や社会・民衆との関わりといった点で幕府・諸藩と共通するような、朝廷の近世支配機構としての普遍性に着目する。 二部八章から構成され、これに加えて、先行研究の成果と問題点、および本論文の視角・課題を整理する序章と、全体の結論部分にあたる終章を設ける。 第一部「近世国家と口向役人」は、朝廷運営と朝幕関係の基盤解明を目的として、近世国家の構成諸要素――天皇・朝廷執行部、幕藩権力の諸主体――との関係から口向役人の諸相を考察する四章を配置した。 第一章「口向の組織構造と支配形態」では、口向役人の組織や処遇に関する基礎的考察を行う。近世の禁裏など各御所は、天皇・公家たちからなる表、女性たちからなる奥、そして両者を実務面で支えた口向の三領域に分かれており、これらの連携によって朝廷運営は成り立っていた。このうち口向では、帳簿の作成など財政面をはじめ、料理、営繕、記録管理、掃除など多岐にわたる職務が分掌されていた。その担い手である口向役人は、職制上、侍分と下部しもべとに大別され、たとえば寛政9(1797)年時点で、禁裏御所では169名の侍分、193名の下部が確認できる。口向は奥とともに「御内儀」とも称され、口向役人は奥(後宮)のトップである長橋局の配下にあった一方で、在京幕臣(旗本)の禁裏付の管轄下にもあった。口向役人の任免権は禁裏付の掌中にあり、人事への長橋局の関与は限定的であることからして、口向は幕府による朝廷統制の末端に位置づく、近世特有の実務組織であったといえる。 第二章「近世朝廷の記録管理と口向」では、「禁裏執次所日記」(計71冊現存、宮内庁書陵部蔵)を素材に、研究蓄積の薄い、朝廷における組織的な記録管理について考察する。本日記は、口向の筆頭職である取次(執次)の職務日記であり、口向役人に関する事柄のほか、朝廷の年中行事や、天皇・公家らの相続、幕府・諸大名による朝廷献上物など、きわめて多岐にわたる収載内容を持つ。取次が職務上の必要から本日記を利用したものと思われるが、その作成や簡便な利用のために、日記役を中心として口向の諸職が組織的に動員された。さらに記録の情報源は、朝廷の各部署などから取次にもたらされた文書類が中心であったとみられる。したがって、朝廷全体での出来事を総括した公的記録たる「禁裏執次所日記」の管理は、口向の組織的基盤と取次による情報集積によって存立していたといえる。こうした記録管理のあり方は、幕府の「右筆所日記」(いわゆる「江戸幕府日記」)との共通点を見出すことができ、幕府の記録管理システムに倣った可能性が考えうる。実際、禁裏付が特定の情報を「禁裏執次所日記」に記すよう取次に命じるなど、幕府としても本日記の収載情報を朝廷統制上、重要視していたことが窺える。 第三章「「安永の御所騒動」再考」は、安永2・3(1773・74)年において種々の不正に手を染めた口向役人180名が、幕府により一斉に処罰された「安永の御所騒動」(口向役人不正事件)について、口向役人を主軸に据えて総体的に再考する。騒動では大量の役人が処罰されたが、一斉に退身した場合は口向が機能停止となり、朝廷が不安定な状況に陥ることを幕府は懸念し、断絶対象は重罪人を出した家に限定した。加えて、先行研究が注目する勘定所系列の幕臣のみならず、従来からの在京幕臣(京都町奉行・禁裏付とその配下の役人ら)が積極的に関わることで新たな口向への統制の枠組みが構築された。この時の幕府の朝廷統制策は、公家や女官など朝廷全体にも及んでおり、その後も口向役人を中心としつつも朝廷構成員全体を縛るものとして機能し続けたとみられる。その意味で御所騒動は、幕府が朝廷への統制を強化した契機として把握しうる重大事件の一つであったと考えられる。 第四章「近世公武における御所取次の役割と特質」では、口向筆頭職の取次を扱う。前述の通り口向は幕臣である禁裏付の管轄下にあったが、彼ら(2名が月番交代で御所に日勤)は短期間で交代する役職であり、朝廷・公家社会には不案内であったため、取次による日常的な補佐が不可欠であったとみられる。ほかにも取次は、口向組織の実質的な統括や、奥・表への対応、外部社会(大名家・寺社・民衆など)の窓口といった役割を担った。7名前後が常置され、近世を通じて世襲で取次を輩出した家は19家確認される。このうち土山家は、近世後期(明和~文政期)において、幕府に対して家格上昇を企図した訴願運動を展開した。これは、近世初期に初代当主の土山武久が朝幕間を取り次ぐ独自の役目を果たしていたことと、それ以来、同家が取次を世襲で務めてきたことなどを由緒に、「御目見以上」(直参格)の待遇への格上げを願ったものである。幕府はこの要望を認めることはなかったが、土山家が家格上昇のためのロジックとして取次の役割を前面に押し出し、幕府との関係を強調している行動そのものに、幕府に寄与する役職としての取次の特質を見出すことができる。 つづいて第二部「近世社会と口向役人」では、朝廷と社会・民衆との有機的関係の解明を目的に、口向役人を媒介項とした朝廷と近世社会(おもに京都とその周辺地域)との様々な関わりを究明する四章から構成される。 第五章「口向役人の身分と存在形態」では、口向役人の担い手について考察する。口向役人のうち侍分は、地下じげ官人や社家、幕臣(口向上級職の数名のみ)が務めたほか、約半数は侍分のみに従事する者たちであった。一方の下部は、基本的に町人や百姓出身の者がその担い手とみられる。これらから、口向役人は多様な諸身分を内包する役人集団であったと指摘できる。そして彼らの居住地は京都とその近郊に広く点在し、侍分・下部ともに約7割が町方に居所を有していた。いわば近世朝廷の日常的な実務は、京都とその周辺地域を基盤として成り立っていたのである。侍分と下部はともに朝廷内の分限帳に登載され、かつ切米が支給されていたことから、口向役人は全体として支配身分に位置づけうる。その一方、彼らの縁戚関係をみてみると、それぞれのおもな通婚対象は、侍分が支配身分、下部が被支配身分の者たちであり、一部重なるものの大きく異なっていた。とはいえ、いずれも居住地や通婚圏は京都とその近郊が中心であり、口向役人は当該地域を人的基盤としていたといえる。 第六章「口向役人としての上賀茂社家」では、口向役人のうち侍分の二割程度を占めた社家の存在形態を検討する。口向役人に任用された社家はほとんどが上賀茂社の社家で構成され、19世紀初頭までに32家の任用が確認できる。そのうち約6割にあたる19家が経理担当職(賄頭・勘使・賄役)を経験した。社職に就けず、経済的基盤に乏しい上賀茂社の非役氏人にとって、口向役人は朝廷内における「受け皿」の一つであり、とりわけ経理担当職に就く場合には多くの役得が期待できた。こうしたことから、従来いわれている以上に、京都近郊の社家は朝廷内に根を下ろしており、近世朝廷の実務運営の担い手として不可欠な構成要素であったことが確認される。 第七章「近世の朝廷と周辺社会」では、京都とその近郊などの諸主体から朝廷に対する労働力や物品の供給のありようを明らかにする。まず、口向を通じて、京都の様々な用達が朝廷と出入関係を結んでいたが、なかでも人足請負人(いわゆる口入屋)は日用人足を供給し、これをもって口向役人(とくに下部)の雑務が補完されていた。こうした人足は、禁裏料村々や、後述する禁裏六丁町ろくちょうちょうからの直接の供出が本来のあり方であったとみられるが、18世紀を迎える頃に人足の代銀納化が進行し、都市下層民衆がその担い手となっていたものと思われる。一方で、こうした労働力とは異なる意味合いのものとして、被差別民による朝廷に対する独自の役割があった。彼らのなかには遠隔地(山城国外)の者も含まれるが、小法師こぼし役(御所での掃除を担う)の奉仕や、御太おぶと(草履)の献上のために上京し、それらへの応対は口向役人(それぞれ山之者、仕丁頭)が担っていた。こうした関係を活用し、自らの権利の維持・伸長を実現しようとする被差別民の主体的な姿勢も垣間みられ、注目される。 第八章「近世京都の禁裏六丁町と朝廷・幕府」では、近世京都の惣そう町ちょうの一つである禁裏六丁町が朝廷に対して果たした役割と、それを通した同町と朝廷・幕府との関係をみる。六丁町が担った御用の第一は、九門内外や各御所における掃除であった。このほかにも、儀式や行事などにおける各種の雑用を務めており、まさに六丁町は朝廷の日常を支える労働力の重要な供給基盤であったといえる。こうした恒例御用の担い手は、18世紀初頭には多くが請負人によって調達されており、同世紀末にはそれが全面展開されるに至った。ただし、御所の出火時の駆付人足などの臨時御用については町人自らが務めた。こうした六丁町の恒例・臨時の人足徴発については、口向侍分の修理すり職しきが管掌しており、いわば六丁町にとっての朝廷側の窓口となっていた。一方で、町奉行所は、人足数の定期的な把握や人足請負人の承認などを行ったほか、朝廷に関わる新規の御用を六丁町にたびたび課そうとした。六丁町はいずれもそれを忌避する姿勢をみせたが、やむを得ず新規御用を引き受けることもあった。 最後に終章では、本論文の成果と課題・展望を提示する。成果としては、①口向役人が朝廷運営の基底部として不可欠の役割を果たし、かつ朝幕関係(朝幕一体不可分の関係)の枠組みを支えた基礎部分であったこと、②口向役人を媒介に、朝廷が自らの存立基盤として、京都とその近郊を中心とした人的・物的資源に一定程度依存する構造を有したこと、おおよそこの2点を解明しえたことに集約される。近世朝廷の存立を支えた構造面を提示することに主眼を置いたため、時期的変化への言及は一部にとどまる結果となった。今後はその点をも留意しつつ、よりいっそう口向役人を軸に検討を進めることで、近世朝廷像のさらなる刷新を可能ならしめるのではないかと展望される。 |
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| フォーマット | ||||||||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||||||||
| 内容記述 | application/pdf | |||||||||||
| 出版タイプ | ||||||||||||
| 出版タイプ | VoR | |||||||||||
| 出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 | |||||||||||
| 学位名 | ||||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 学位名 | 博士(史学) | |||||||||||
| 学位名 | ||||||||||||
| 言語 | en | |||||||||||
| 学位名 | Doctor of Philosophy in History | |||||||||||
| item_10006_degree_grantor_42 | ||||||||||||
| 学位授与機関識別子Scheme | kakenhi | |||||||||||
| 学位授与機関識別子 | 32606 | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| 学位授与機関名 | 学習院大学 | |||||||||||
| item_10006_degree_grantor_49 | ||||||||||||
| 学位授与機関識別子Scheme | kakenhi | |||||||||||
| 学位授与機関識別子 | 32606 | |||||||||||
| 言語 | en | |||||||||||
| 学位授与機関名 | Gakushuin University | |||||||||||
| 学位授与年月日 | ||||||||||||
| 学位授与年月日 | 2025-03-31 | |||||||||||
| dissertation_number | ||||||||||||
| 学位授与番号 | 32606甲第336号 | |||||||||||