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  1. 学習院大学
  2. 学位論文
  3. 博士(哲学)
  4. 2024年度

プラトン(偽作)『テアゲス』研究

http://hdl.handle.net/10959/0002003256
http://hdl.handle.net/10959/0002003256
f244e3f8-f9c7-470d-81c7-13c2a437eabd
名前 / ファイル ライセンス アクション
abstract_O184.pdf abstract_O184.pdf (239.4 KB)
ref_abstract_O184.pdf ref_abstract_O184.pdf (281.6 KB)
Item type 学位論文 / Thesis or Dissertation(1)
公開日 2025-08-29
タイトル
タイトル プラトン(偽作)『テアゲス』研究
言語 ja
タイトル
タイトル プラトン ギサク テアゲス ケンキュウ
言語 ja-Kana
言語
言語 jpn
資源タイプ
資源タイプ識別子 http://purl.org/coar/resource_type/c_db06
資源タイプ doctoral thesis
アクセス権
アクセス権 open access
アクセス権URI http://purl.org/coar/access_right/c_abf2
著者 田代, 嶺

× 田代, 嶺

ja 田代, 嶺

ja-Kana タシロ, リョウ

en Tashiro, Ryo

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抄録
内容記述タイプ Abstract
内容記述 本論文は、プラトン(偽作)『テアゲス』を古代での受容や真偽問題および、対話篇そのものの内容吟味も含めて、包括的に読み解くことを目的とする。古代において、『テアゲス』はプラトンの真作だと一致して認められていた。少なくとも、『テアゲス』の偽作性を糾弾する古代のテクストは存在しない。それにもかかわらず、19世紀ドイツの古典文献学者たちによる極めて厳密な真偽判定の結果、『テアゲス』を含む、多くの作品が偽作の烙印を押された。現在はこうした状況からの揺り戻しが起こり、ほとんどの対話篇が復権されたものの、取りこぼされた対話篇も存在する。そして取りこぼされた対話篇は、偽作のレッテルの下、研究対象とはみなされてこなかった。この傾向は、特に日本で顕著である。こうした状況に一石を投じることも、本論文が目的とすることの一つである。
本論文は二つの部分から構成される。第1部「真偽問題とテクストの受容」では、『テアゲス』を対象とした真偽問題および、『テアゲス』のテクストの受容を取り上げ、真偽問題に関する従来の主張の妥当性を再検討する。第2部「『テアゲス』の統一的解釈」では、『テアゲス』の内容を登場人物や場面設定から吟味し、『テアゲス』の著者が―それがプラトンであるか否かを問わず―どのような意図を持って『テアゲス』を執筆したのかを明らかにする。
第1部は、第1章と第2章から構成される。第1章「Platonicをめぐる言論―近現代における『テアゲス』真偽論争―」では、『テアゲス』の真偽問題を詳細に取り上げた。先にも述べたように、『テアゲス』が偽作と認定されるようになった原因の多くは、19世紀ドイツの古典文献学の研究にある。しかしなぜ、当時の研究者たちは『テアゲス』を偽作とみなしたのか。本章では『テアゲス』の真偽問題に関する論述を、その発端である19世紀ドイツの古典文献学にまで遡り、再検討した。具体的にはフリードリヒ・シュライアマハーとフリードリヒ・シュレーゲルによる「プラトン著作集」のドイツ語翻訳プロジェクトにまで遡り、真偽論争はその発生当時から、解釈者同士のプラトン観をめぐる争いであったことを明らかにした。その上で、現代において『テアゲス』を偽作とする主張もまた、そのような主張の前にあるプラトン観に基づいたものであることを指摘した。『テアゲス』を偽作と断定するための客観的証拠はないのである。また他方、少ないながらも、『テアゲス』を真作と主張する研究者も存在する。本章では、それらの研究者の判断に一定の説得力があることを認めるが、やはりそれらの判断も、客観的証拠に基づいたものではないことを指摘した。以上のように、真偽の判定に関連した多様なプラトン観および、プラトン対話篇の読み方が提案されていることに鑑みて、本章では『テアゲス』の真偽判定を積極的に保留するべきだと論じた。
第2章「古代における『テアゲス』の受容―プルタルコスのダイモニオン解釈をめぐって―」では、中期プラトン主義者に分類されるプルタルコスに注目し、古代における『テアゲス』受容の一端を探った。具体的には、残存しているプルタルコスの著作『ソクラテスのダイモニオンについて』におけるプルタルコスの主張を検討することで、すでに散逸してしまった彼の著作『プラトンの『テアゲス』擁護のために』の内容を推測した。本章の議論により、古代に『テアゲス』を偽作とするテクストが存在しなくとも、『テアゲス』は偽作である可能性が高いとみなしている、現代の研究者の見解が批判される。
第2部は、第3章から第7章で構成される。第3章「『テアゲス』の構造と著者の意図」では、『テアゲス』で展開される対話とその構造、および、主要な登場人物に注目することで、『テアゲス』の著者がどのような意図を持って『テアゲス』を執筆したのかを明らかにした。その結果、本論文の骨子となる二つの主張を導出した。一つは、「『テアゲス』の著者はソクラテスを哲学者として描いている」というものであり、もう一つは、「『テアゲス』の著者は、テアゲスが哲学へと導かれる様子を描いている」というものである。『テアゲス』に以上のような主張と構造を読み込むことで、『テアゲス』の著者は『テアゲス』を、「プラトン哲学入門」として描こうとしているのだと論じた。 第4章と第5章の考察は、第3章の結論を補強するものとなっている。第4章「登場人物と場面設定の意味―『テアゲス』と『カルミデス』の比較―」では、『テアゲス』と『カルミデス』の両作品に登場しているカルミデスの描かれ方に注目することで、『テアゲス』にカルミデスが登場している意味を探った。その結果、カルミデスは哲学へと適切に導かれなかった人物として描かれており、このことが逆説的に、テアゲスが哲学へと成功裏に導かれたことを示しているだと主張した。つまり『テアゲス』に登場するカルミデスは、テアゲスという人物の特性を引き立たせるための装置なのである。そしてこの結論から、『テアゲス』の著者は、『テアゲス』という作品が持つプラトン哲学入門としての機能を高めようとしていると論じた。
第5章「人間の限界とダイモニオン―『テアゲス』(128D1–129D8)の解釈―」では、『テアゲス』で描かれているダイモニオンの逸話に焦点を当て、この箇所でのダイモニオンの役割を論じた。従来、当該箇所でのダイモニオンは、プラトンのその他の対話篇からの逸脱とみなされていた。しかし本章では、こうした従来の見解を批判する。そして、『テアゲス』で描かれているダイモニオンは、その他のプラトン対話篇と整合的に解釈可能であると主張した。特に、ティマルコスが死刑になった理由の説明に際して言及されるダイモニオンは、その超越的能力の不安定性が強調されているのではなく、ソクラテスが持つ人間としての限界を超えさせないことを意図したものであると解釈した。この解釈により、『テアゲス』で描かれているソクラテスは、プラトンが描いたのと同じ、哲学者としてのソクラテスであると明らかにした。
第6章「哲学することと神的存在―アリステイデスの逸話とθεία μοῖραの意味―」では、『テアゲス』解釈における最大の争点の一つである、アリステイデスの逸話の意味を考察した。
従来、当該箇所は『テアゲス』の著者が『テアイテトス』および『饗宴』を曲解した場面であるとして、顕著に非プラトン的とみなされてきた。しかし本章では、それらの従来の解釈を退け、アリステイデスの逸話を新たに解釈することを試みた。本章で注目したのは、ソクラテスがダイモニオンの説明を導入する際に用いた「神の定め」(θεία μοῖρα)という語である。θεία μοῖραという語はその他のプラトン対話篇でも使用されている。この語の意味の一つには、「人間のコントロールを超えたもの」というものがある。ここでの「人間のコントロールを超えたもの」に、哲学ならびにその実践が含まれるというのが、本章の解釈である。その上で、『テアゲス』の著者は、ダイモニオンがソクラテス以外の他者にも現れうることおよび、ソクラテスから他者へとダイモニオンが伝播していく可能性を描くための原理として、θεία μοῖραという語を用いたのだと論じた。その結果、アリステイデスの逸話は、こうしたθεία μοῖραの作用に与れなかった人物による、失敗談としての意味を持っているのだと結論付けた。
第7章「哲学の勧めと神的存在―『エウテュデモス』におけるダイモニオンの出現について―」では、『テアゲス』そのものの解釈からは離れ、『エウテュデモス』に現れるダイモニオンの解釈を行った。『エウテュデモス』には『テアゲス』同様に、その他のプラトン対話篇からは逸脱していると思しきダイモニオンの描写が存在する。それゆえに、『エウテュデモス』でのダイモニオンに積極的な解釈がなされることは少なく、その重要性は割り引かれてきた。本章では『エウテュデモス』におけるダイモニオンもまた、『テアゲス』を含んだその他のプラトン対話篇と同様に、ソクラテスの行為の正不正に関わっていると解釈した。さらに、この解釈を前章までの『テアゲス』解釈と結びつけることにより、ソクラテス以外の人間にも、ソクラテスと同様に、ダイモニオンと共に哲学する可能性が開かれているのだと結論付けた。
以上のように本論文は、『テアゲス』に真偽判定を下すことを積極的に保留することで、真偽問題という既存の枠組みそのものを批判しつつ、『テアゲス』の内在的解釈によって、『テアゲス』の著者が『テアゲス』をプラトン哲学入門として描いていることを明らかにした。
フォーマット
内容記述タイプ Other
内容記述 application/pdf
出版タイプ
出版タイプ VoR
出版タイプResource http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85
学位名
言語 ja
学位名 博士(哲学)
学位名
言語 en
学位名 Doctor of Philosophy in Philosophy
item_10006_degree_grantor_42
学位授与機関識別子Scheme kakenhi
学位授与機関識別子 32606
言語 ja
学位授与機関名 学習院大学
item_10006_degree_grantor_49
学位授与機関識別子Scheme kakenhi
学位授与機関識別子 32606
言語 en
学位授与機関名 Gakushuin University
学位授与年月日
学位授与年月日 2025-01-23
dissertation_number
学位授与番号 32606乙第184号
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Ver.1 2025-08-29 09:40:38.513464
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